Columnコラム

経営者に求められる「感情の自己管理力」

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現代の経営者は、かつてないほど多様な課題と向き合わなければなりません。市場環境の急激な変化、従業員の価値観の多様化、グローバル化による競争の激化、そして予測不能なリスク…。これらの状況下で、経営者が企業の羅針盤として冷静で適切な意思決定を下し続けるためには、感情の自己管理力が不可欠です。

感情は意思決定や人間関係、ひいては企業文化にも大きな影響を与えます。経営者が自身の感情に気づき、適切にコントロールできるか否かは、本人だけでなく、組織全体のパフォーマンスや雰囲気にも直結します。しかし、日本のビジネス界では依然として「経営者は常に強く、冷静でなければならない」「感情を表に出すのは弱さの証」といった固定観念が根強く残っています。そのため、多くの経営者が自分の感情を抑え込み、結果として知らず知らずのうちに意思決定や人間関係に悪影響を及ぼしてしまうことも珍しくありません。

本コラムでは、経営者が感情の自己管理力を高める意義と具体的な方法、得られるメリットについて、最新の心理学的知見や実践的なヒント、事例を交えながら詳しく解説します。

感情の自己管理力とは何か

まず、感情の自己管理力とは具体的にどのような能力なのでしょうか。これは、心理学やコーチングの分野では「セルフマネージメント」、「エモーショナル・セルフ・リーダーシップ」や「情動的自己制御」と呼ばれています。

  • 自分の感情を正確に認識する力
    感情の自己管理の第一歩は、今自分がどのような感情を抱いているのかに気づくことです。例えば、会議中に部下の意見に対して苛立ちを感じたり、取引先からの厳しい要望に不安や怒りを覚えたりすることは、誰しも経験があるでしょう。このとき「自分は今、何を感じているのか」と自問し、感情を言語化できるかどうかが重要です。
  • 感情の原因や背景を理解する力
    感情は多くの場合、何らかの出来事や思い込み、過去の経験に起因しています。たとえば、部下の発言に対して腹が立ったのは「自分のリーダーシップが否定されたように感じたから」かもしれませんし、取引先の要求に強いストレスを感じるのは「自分の会社が軽視されているのでは」という不安があるからかもしれません。自分の感情の根っこにある「思考のクセ」や「価値観」に気づくことが、感情のマネジメントのカギとなります。
  • 感情に適切に対応し、コントロールする力
    感情そのものを抑え込むのではなく、「今この場面でどのように感情を表現するのが適切か」を考え、必要に応じて気持ちの切り替えや表現方法を選択する力です。たとえば、強い怒りを感じたときに、感情的に部下を叱責するのではなく、自分の気持ちを一度クールダウンし、建設的なフィードバックとして伝える、といった対応がこれにあたります。

感情の自己管理力が経営者に必要な理由

  1. 意思決定の質が向上する
    感情は意思決定に大きな影響を与えます。強い怒りや不安、焦りに駆られて下す決断は、しばしば視野が狭くなり、バイアスや自己防衛に傾きがちです。反対に、感情を冷静に観察し、適切にコントロールできる経営者は、より多角的な視点から状況を分析し、合理的な判断を下すことができます。ビジネス・リーダーシップ研究でも、エモーショナル・インテリジェンス(EQ)の高いリーダーほど、意思決定の精度が高く、組織の業績やエンゲージメントも高まることが示されています。
  2. 組織全体の雰囲気と心理的安全性が向上する
    経営者の感情表現や態度は、組織文化に大きな影響を及ぼします。感情的にイライラしている、怒りっぽい、あるいは逆に無感情で冷たい、といったリーダーの振る舞いは、部下のモチベーションや信頼感を低下させます。逆に、感情を誠実に、かつ適切に表現できる経営者の下では、部下も自分の気持ちや意見を安心して言える「心理的安全性」が高まり、チームの創造性やパフォーマンスが最大化されます。
  3. 自分自身の健康と持続可能なリーダーシップの実現
    感情を抑え込み続けることは、心身の健康にとって大きなストレスとなります。慢性的なストレスや怒り、不安を放置すると、うつ病やバーンアウト、身体的不調のリスクが高まります。経営者自身が自分の感情を適切にマネジメントできるようになることで、長期的に健全なリーダーシップを発揮し続けることが可能となります。

経営者が感情の自己管理力を高めるための具体的ステップ

それでは、実際に経営者が感情の自己管理力を高めるためには、どのような取り組みが有効なのでしょうか。以下、具体的なステップをご紹介します。

  1. 日々の「感情チェックイン」を習慣化する
    一日の始まりや終わり、重要な会議や面談の前後など、定期的に「今、自分はどんな気持ちだろう?」と自問する習慣をつけましょう。感情を「怒り」「不安」「焦り」「寂しさ」「希望」など、できるだけ具体的な言葉でラベリングすることがポイントです。これを毎日続けることで、徐々に自分の感情に敏感になり、無意識のうちに感情に支配されていた場面にも気づけるようになります。最近ではスマートフォンで記録できるアプリも出ているので活用してみると良いでしょう。
  2. 感情と行動の関連を記録する
    イライラしたとき、落ち込んだとき、どんな行動をとったかを簡単にメモしてみましょう。「部下に強くあたってしまった」「必要以上にメールで指示を出してしまった」など、感情が行動に及ぼす影響を可視化することで、次第に「この感情のときは、こういう行動をとりやすい」というパターンが見えてきます。
  3. 感情の背景・トリガーを分析する
    強い感情が湧いた場面について、「なぜこの感情が生まれたのか?」を掘り下げてみましょう。たとえば、「ミスをした部下に苛立ったのは、自分の期待が高すぎたから」「取引先の要求に腹が立ったのは、自分の会社の価値を否定されたように感じたから」など、背景にある自分の価値観や思い込みに気づくことが大切です。
  4. 感情の扱い方を選択する
    感情が湧いたとき、すぐに反応するのではなく、「この感情をどう扱うのが最も効果的か?」と一歩引いて考えてみましょう。たとえば、怒りを感じたときは「今すぐ伝えるべきか、一晩おいてから冷静にフィードバックするか」など、複数の選択肢を持つことが重要です。
  5. 信頼できる相談相手を持つ
    経営者は孤独になりがちですが、自分の感情を安心して話せる相手(社外の経営者仲間、カウンセラーなど)を定期的に持つことも非常に有効です。話すことで自分の感情が整理され、思考もクリアになります。

最新の心理学的知見から考える感情マネジメントの重要性

近年の脳科学・心理学の研究では、感情と意思決定の関係について多くの知見が蓄積されています。たとえば、ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンの研究では、人間の意思決定は「速い思考(直感的・感情的)」と「遅い思考(論理的・分析的)」の両方によって行われていることが示されています。感情が意思決定に与える影響は計り知れません。
また、エモーショナル・インテリジェンス(EQ)は現代リーダーに必須の資質とされ、感情認識・自己制御・共感力・人間関係管理などが組織パフォーマンスと強く関係していることが世界的に認められています。

実践事例:感情マネジメントが経営を変えた瞬間

ある老舗メーカーの社長は、長年「経営者は常に毅然としていなければならない」と考え、感情を表に出すことを極端に避けてきました。その結果、部下とのコミュニケーションが表面的になり、部下も本音を言わなくなったことで、現場の課題がトップに上がってこなくなってしまいました。

しかし、経営危機をきっかけにカウンセリングを受け、感情の自己観察と表現を練習するようになったことで、状況は一変します。会議で「正直、今の状況には不安もある。しかし、皆と一緒に乗り越えたい」という率直な感情を伝えたところ、部下たちも本音を語り始め、現場から多くの建設的な提案が出るようになりました。結果として危機を乗り越え、社内の一体感が格段に高まったのです。

経営者のためのセルフケアとしての感情マネジメント

感情の自己管理は、決して「我慢する」「無理にポジティブになる」ことではありません。むしろ「自分の感情に正直であること」「時には弱さも認め、ケアすること」こそが、持続可能なリーダーシップの土台となります。
時には休息をとり、趣味や家族との時間を大切にする、気分転換の時間を意識的に確保することも、経営者の大事なセルフマネジメントです。

まとめ:感情の自己管理力で経営に新たな風を

経営者が感情の自己管理力を高めることは、自分自身の健康と成長だけでなく、組織全体をしなやかで強いものにするための最重要課題です。日々の小さな感情チェックから始めてみてください。それが、意思決定の質の向上、組織の一体感、そして持続可能なリーダーシップへとつながっていきます。「感情は弱さ」ではなく、「感情と向き合う力こそが、真の強さ」なのです。






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