Columnコラム

経営者の「意思決定ストレス」との向き合い方

Column

経営者の「意思決定ストレス」との向き合い方

現代社会において、企業経営者の役割はますます複雑化し、多岐にわたっています。技術革新やグローバル競争、顧客ニーズの急速な変化、そして多様な価値観を持つ人々のマネジメント。こうした環境下で、経営者は毎日のように重要な意思決定を迫られています。
経営者としての意思決定には、事業の方向性、新規投資、人事、危機管理、取引先との関係、コンプライアンスなど、企業の存続や成長を左右するものが少なくありません。その一つ一つが重大な結果を伴うため、意思決定のプレッシャーは想像以上に大きいものです。

このような「意思決定ストレス」は、経営者の心身にどのような影響を及ぼし、どのように乗り越えることができるのでしょうか。本コラムでは、その本質と対処法について、理論と実践の両面から詳しく考察します。

意思決定の重圧とは何か

経営者が感じる意思決定ストレスは、一般のビジネスパーソンとは質・量ともに異なるものです。
その根底には、以下のような要素が存在します。

  • 結果責任の重さ
    経営者の下す判断は、時に数百人、数千人の従業員とその家族の生活に直結します。たった一つの判断ミスが、多くの人々の人生を左右する可能性があるという現実は、大きな心理的負担となります。
  • 情報の不確実性
    経営の現場では、すべての情報が揃っている状態で判断できることはまずありません。市場の動向、顧客のニーズ、技術の進化、法規制の変更など、未来を正確に予測することは不可能です。そのため、「本当にこれでよかったのか」という不安や後悔がつきまといがちです。
  • スピードとタイミング
    「早すぎても遅すぎても失敗する」―経営の意思決定は、タイミングも極めて重要です。競合他社より一歩先に動くべきか、それとも慎重に様子を見るべきか。時間的な制約の中で即断即決を求められることも多く、そのプレッシャーは計り知れません。
  • 孤独感
    経営者は最終的な責任を一人で引き受ける立場です。社内の誰にも相談できず、自分だけで悩みを抱え込むことも少なくありません。「誰も自分の苦しみを理解してくれない」という孤独感が、意思決定ストレスをさらに増幅させます。

意思決定ストレスがもたらす心身の影響

意思決定ストレスは、経営者の心身にさまざまな影響を及ぼします。
代表的な症状としては、以下のようなものが挙げられます。

  • 睡眠障害
    「夜中に目が覚めてしまう」「考えごとが頭から離れず、寝付けない」といった睡眠の質の低下は、意思決定ストレスの典型的なサインです。慢性的な睡眠不足は、集中力や判断力の低下だけでなく、身体の免疫力や回復力にも悪影響を及ぼします。
  • 身体症状
    胃痛や頭痛、肩こり、消化不良、動悸など、ストレスが身体に現れるケースも多く見られます。健康診断では異常が見つからないにもかかわらず、不調が長期間続く場合、ストレスが原因となっている可能性があります。
  • 情緒不安定・イライラ
    小さなことで怒りやすくなったり、急に落ち込んだりするなど、感情のコントロールが難しくなることもあります。これが続くと、職場の人間関係にも悪影響を及ぼし、組織全体の雰囲気が悪化することがあります。
  • 集中力・記憶力の低下
    ストレスが強い状態が続くと、脳の前頭前野の働きが鈍くなり、複雑な思考や記憶の保持が難しくなります。「最近、物忘れが多い」「会議中、話の内容が頭に入ってこない」と感じたら要注意です。
  • 燃え尽き症候群(バーンアウト)やうつ状態
    強いストレス状態が長期間続くと、心がエネルギー切れを起こし、何事にもやる気が出なくなったり、無気力になることがあります。これが進行すると、うつ病などのメンタルヘルス不調につながるリスクも高まります。

「完璧な意思決定」は存在しない

多くの経営者が陥りやすい罠に、「完璧な意思決定をしなければならない」という思い込みがあります。しかし、現実には「100%正しい」判断など存在しません。

ダニエル・カーネマンやエイモス・トベルスキーの研究によれば、人間の意思決定は、膨大な情報の中から限られた時間とリソースで最善の選択肢を探す「限定合理性(バウンデッド・ラショナリティ)」の枠組みで行われているとされます。また、後知恵バイアス(hindsight bias)という心理現象により、結果が出た後で「あの時こうしておけばよかった」と自責の念に駆られやすくなります。

経営者に求められるのは、「後悔しないように全てを調べ尽くす」ことではありません。むしろ、限られた情報の中で「現時点での最適解を選び取る」柔軟さと、結果に対して必要以上に自分を責めないセルフマネジメント力こそが重要です。

意思決定ストレスとうまく付き合うための具体的アプローチ

経営者が意思決定ストレスと健全に付き合い、持続可能な意思決定力を高めるためには、いくつかのポイントがあります。

  1. 意思決定のプロセスを見える化する
    重要な意思決定を行う際は、主観や直感だけに頼らず、意思決定のプロセスそのものを可視化しましょう。意思決定マトリクスやメリット・デメリット表、SWOT分析などを活用し、選択肢ごとのリスクとリターンを整理することが有効です。こうしたプロセスを経ることで、判断の根拠が明確になり、後悔や自責の念を減らすことができます。
  2. 「最善」ではなく「最適」を目指す
    完璧主義にならず、その時点での最適解を選ぶことを意識しましょう。たとえば、情報が70%揃った段階で決断し、残り30%は柔軟に対応していく姿勢が重要です。状況が変われば、軌道修正すればよいのです。
  3. 意思決定後の「リフレクション」習慣を持つ
    判断を下した後は、必ず「なぜこの選択をしたのか」「どんな感情や考えがあったか」「今後に活かせる教訓は何か」を振り返りましょう。これにより、自分の意思決定パターンが明確になり、次回以降のストレス低減につながります。
  4. 相談できるネットワークを持つ
    経営者同士のネットワーク、専門家(コンサルタント、カウンセラー、弁護士、税理士、社労士など)に相談できる環境を作りましょう。自分一人で悩まず、第三者の視点や知見を借りることで、意思決定の質もストレスも大きく変わります。
  5. セルフケアとストレスマネジメント
    意思決定ストレスが蓄積しないよう、日常的にセルフケアを心がけましょう。適度な運動、十分な睡眠、バランスの良い食事はもちろん、趣味や家族との時間を意識的に確保することも重要です。心身のコンディションが整っていれば、プレッシャーにも強くなれます。

実践事例:「決められない社長」から「決めて動かす社長」へ

ある中堅企業のA社長は、かつて「優柔不断」と揶揄されるほど意思決定に時間がかかる人物でした。失敗を恐れるあまり、完璧な情報収集と根回しにこだわり、決断が後手に回ることがしばしば。社員からも「何を考えているかわからない」「リーダーシップがない」と不信感を抱かれていました。

そこで、A社長は意思決定のプロセスを「見える化」し、定期的に信頼できる経営者仲間や社外コーチに相談することを始めました。また、「意思決定には必ず不確実性がある」と自分に言い聞かせ、情報が7割揃った時点で決断することをルール化。その後、社員にも「結果が出てから軌道修正すればよい、失敗を恐れずに決めて動く」方針を伝えました。

この転換により、A社長自身のストレスは大きく軽減し、組織もスピード感を持って動けるようになりました。何より「決断すること」自体への恐怖が薄れ、「自分は経営者として成長した」と実感できるようになったのです。

最新の知見:VUCA時代の意思決定とストレス対策

現代はしばしば「VUCAVolatility:変動性、Uncertainty:不確実性、Complexity:複雑性、Ambiguity:曖昧性)の時代」と言われます。
従来のような「正解が一つ」の意思決定はほぼ存在せず、「何が起きても柔軟に対応できる」しなやかな判断力が経営者に求められています。

こうした時代背景を踏まえ、経営学や心理学では

  • 「アジャイル型経営」:小さな意思決定を繰り返しながら、絶えず軌道修正すること
  • 「リーダーのセルフ・リフレクション」:自身の思考・感情・行動を定期的に振り返る習慣
  • 「プレッシャー下の意思決定トレーニング」:意図的にプレッシャー環境を再現し、判断力を鍛える
  • 「心身のレジリエンス(回復力)」:ストレスに強い心と体を日頃から養う

などのアプローチが推奨されています。

経営者の「意思決定ストレス」とどう付き合うか:まとめ

経営者の意思決定ストレスは、決して避けて通れないものです。しかし、完璧を追い求めるのではなく、「最適解」を選び続ける柔軟さ、意思決定のプロセスを可視化・共有する工夫、そして自分自身の心と体を整えるセルフケア。この3つを意識的に実践することで、意思決定ストレスをコントロールし、健全なリーダーシップを発揮し続けることができます。

最後に、意思決定がうまくいかなかった時も、過度に自分を責める必要はありません。その時点で最善を尽くした自分を認め、結果から学び次に活かすことこそが、経営者としての成長の証です。意思決定ストレスを「成長の糧」として活かし、よりしなやかで力強い経営を目指していただきたいと願っています。






テレワークで困ったときに読む本 設計・運用・メンタルヘルス対策(中央経済社)好評発売中



※画像をクリックいただくとAmazonにて購入することができます。



※先輩に聞いてみよう! 臨床心理士の仕事図鑑(中央経済社)好評発売中



※画像をクリックいただくとAmazonにて購入することができます。



※図解ストレスチェック実施・活用ガイド(中央経済社)好評発売中

※画像をクリックいただくとAmazonにて購入することができます。



※なぜストレスチェックを導入した会社は伸びたか?(TAC出版)好評発売中


※画像をクリックいただくとAmazonにて購入することができます。

※公認心理師必須センテンス(学研メディカル秀潤社)好評発売中


※画像をクリックいただくとAmazonにて購入することができます。



ストレスチェックQ&A まとめページはこちらから。




ストレスチェック制度Q&A冊子を
無料プレゼント実施中です。

下記資料請求フォームよりお申し込みください。

    資料請求フォーム

    *印は入力必須項目です。

    ストレスチェック制度Q&A冊子

    reCAPTCHA で保護されています。プライバシー 利用規約

    お問い合わせ

    各種ご相談承ります。お気軽にご相談ください

    TEL 03-4400-1277

    受付時間 9:00 - 18:00 [平日]

    Contact

    Pick up

    あなたの会社は大丈夫?ストレスチェック義務化について詳しくはこちら